札幌高等裁判所函館支部 昭和36年(う)38号 判決 1962年7月03日
判 決
本籍 函館市榎本町二番地
住居 同市港町鉄道敷地
元国鉄職員
沢田孝二
住居 東京都板橋区徳丸町七一番地
国鉄職員
藤枝正雄
右の者に対する艦船侵入被告事件について、
昭和三六年四月八日函館地方裁判所が宣告した判決に対し、
検察官及び被告人両名から控訴の申立があつたので、
当裁判所は、検事寺沢真人出席、取調の上、左のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人両名の平等負担とする。
理由
検察官の控訴の趣意は検察官渡辺衛提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する弁護人の答弁は弁護人六川常夫提出の答弁書記載のとおりである。また弁護人の控訴の趣意は弁護人六川常夫提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する検察官の答弁は検察官竹平光明提出の答弁書記載のとおりである。よつて右各控訴趣意書並に各答弁書をここに引用する。右各控訴趣意に対する当裁判所の判断は次のとおりである。
検察官の控訴趣意第一(法令の解釈適用の誤)及び第二の(2)(量刑不当)について。
所論は、公共企業体等の職員の争議行為は公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称)第一七条の規定によつて、いかなる場合も刑事免責を受ける余地はないものと解すべきであるにかかわらず、原判決がこれと反する判断をしているから原判決は法令の解釈を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであり、かつ量刑に甚しく不当な結果を招来している、と主張する。
しかし公労法第一七条に関する右主張は多くの一般非現業公務員が原則として国又は地方公共団体の権力の行使に関係があるためこれを阻害する争議権が本質的に認められていないにも拘わらず、これと著しく異なりその経営においても又労働の実態においても本質的に経済的企業として認めらるべき所謂現業公務員に争議権が認められていたことは昭和二三年政令第二〇一号施行以前の労働組合法第三条第四条(昭和二〇年法律第五一号)及び労働関係調整法第三八条(昭和二一年法律第二五号)により明らかであつて、公労法第一七条は公共企業体等職員の労働条件に関する苦情又は紛争の友好的平和的調整を考え一般利用者保護のため特に設けられた政策的規定であることを深く考慮しない見解であつて右職員を一般公務員に適用されるとは別個の労働法規範に服させようとする右立法の趣旨に反し採用できない。
この点について、当裁判所はさきにいわゆる摩周丸事件において、勤労者の団結権、団体交渉権、争議権の労働三権は歴史的沿革に基く基本的人権であることを重視し、公共の福祉との関係上これが制限禁止されることがある場合においても、その行使の制限禁止は極めて慎重であることを要し、その制限禁止の規定に違反する行為の効果は成文法上極めて明確でなければならないところ、公労法は同法第一七条違反の行為の効果については同法第一八条において解雇される旨を規定するにとどまり、国家公務員法(以下国公法と略称)第一一〇条第一項第一七号、地方公務員法(以下地公法と略称)第六一条第四号のような罰則規定がなく、また公労法第三条において公共企業体の職員に対し一般に労組法の適用あることを示し、特に民事免責規定である同法第八条の適用を排除しながら同法第一七条に附随して刑事免責規定の労組法第一条第二項の適用を排除することを明確に規定していないことよりみれば、公労法第一七条違反の行為であつても右禁止規定がなければ正当とされる範囲内にとどまる限り刑事責任からは免責されることとしたものと解するのが相当であつて、このような行為を行つた職員の処罰については労組法第一条第二項を考え犯罪の構成要件に該当するか否か、争議の目的、時期、方法等の点において労組法所定の正当性の限界を超えるものか否かを慎重に判断する必要がある旨を判示した(当裁判所昭和三五年(う)第二九号昭和三六年二月二一日判決高裁刑集一四巻一号二五頁参照、以下摩周丸判決という)。従つて以下これを補足するにとどめる。
(論旨第一の一のイについて)
所論は、昭和二八年法律第一七一号電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律(以下スト規制法と略称)第二条、第三条の違反、労働関係調整法(以下労調法と略称)第三六条の違反、及び船員法第三〇条の違反の場合においては右各法律自体にその罰則規定を設けておらず、また労組法第一条第二項の刑事免責規定の適用を排除する旨の明文の規定も設けていないことにおいて、公労法第一七条違反の場合と同様であるにかかわらず、右各法条に違反する争議行為について労組法第一条第二項の刑事免責、同法第八条の民事免責の適用が排除されることからみれば、公労法第一七条違反の場合についても刑事免責の適用が排除されることは明らかである、と主張する。
しかし罰則を伴わず争議行為を禁止する規定は、所論の場合のほか労調法第二六条第二六条第四項が存するのであるけれども、これらの規定は争議行為の時期、手段、方法について規制しているにとどまるから、争議行為自体を禁止した公労法第一七条と同列に論ずることはできないのみならず、争議行為の時期、手段、方法について規制した各規定を区別せず、いずれの場合も当然に労組法第一条第二項の刑事免責の適用が排除されるとする解釈には、合理的根拠はない。
(論旨第一の一のロについて)
所論は、国家公務員法第九八条第五項、同法第一一〇条第一項第一七号、地方公務員法第三七条第一項、同法第六一条第四号における公務員の争議行為の禁止と、その違反に対する罰則規定の間には禁止の対象たる行為と罰則の対象たる行為との間に相違があるにかかわらず、先に摩周丸判決はこれを無視し、罰則は禁止規定の違反そのものに対するものと考え公共企業体等の職員の争議行為を禁止する公労法第一七条に違反すれば直ちに犯罪(例えば業務妨害罪)に該ると解釈したものであると主張する。しかし争議行為を制限禁止する法規違反の効果は、原則として労働法規範における不利益にとどまるものであり、法規がこれを超えて刑罰的制裁を科する場合においては、争議行為を制限禁止する法規とその罰則とが成文法上極めて明確な直接的規定でなければならないのである。争議行為の制限禁止の効果として罰則を伴うものは、所論の国公法、地公法のほか、労調法第三七条に対する同法第三九条、同法第三八条に対する同法第四〇条の各規定がみられるのであるが、かかる規定に違反する行為について当該罰則が適用されることはいうまでもないけれども、その行為がかかる直接的規定ではない他の刑罰法規、例えば鉄道営業法、郵便法、公衆電気通信法等に違反する罪、あるいは刑法上の犯罪の構成要件を充足することがあつても、それらの行為が直ちに刑事免責の適用から除外されるわけではないのである。摩周丸判決が国公法、地公法の罰則につき判示したのは、この理を明らかにしたにとどまり、所論のように公労法第一七条に違反すれば直ちに犯罪(例えば業務妨害罪)に該当すると解釈したものではない。
(論旨第一の二の(イ)について)
所論は、公共企業体等においては、その公共的性格からいかなる方法を採るとにかかわらず、職員の争議行為を一般的に禁止したもので、争議権自身が否定されているのであるから、かかる争議権の認められていないもののなした争議行為について、その正当性が問題となる余地はないと云い、
A 違法性は全法律秩序、すなわち共同生活における公共の福祉の維持ないし増進をはかるために存在する秩序の見地からする行為の無価値または反価値の判断であるところ、公労法は第一条において公共企業体等の企業の正常な運営を最大限に確保し、もつて公共の福祉を増進し擁護することを目的とする旨規定しているところよりみれば、企業の正常な運営を阻害する争議行為のごときは公労法の目的に反し、あえて公労法第一七条の規定をまつ迄もなく違法であつて、労組法第一条第二項の適用を受ける余地がないと主張する。
しかし、法秩序の包含する対象は極めて複雑多岐にわたり、その対象を規律する法的規範はしかく単純なものではあり得ない。従つてある行為が一つの関係からは違法なものであつても、他の関係からは違法でない場合もあるのであつて、たとえば行政上の取締法規に違反した契約でこの関係から違法とせられるものであつても、私法上は適法かつ有効と判断すべき場合のごときは普通にみられる現象である。公労法第一条には所論のごとき立法目的をかかげているけれども(同旨の立法目的はスト規制法第一条にもかかげられている)、ことことより直ちに公共企業体等の職員のなす争議行為が同法第一六条の規定をまたずして違法であると認めるべき合理的根拠はない。このことは昭和二三年政令第二〇一号施行以前においては一般非現業公務員について争議権が認められていなかつたにも拘わらず、現業公務員については争議権が認められていたことを考えれば思い半ばに過ぎるものがあるであろう。
B 所論は、摩周丸判決が公共企業体等の職員の争議行為は公労法第一七条に違反し、いわゆる民事上の免責規定の適用のないことを肯定しつつも、いわゆる刑事上の免責規定の適用ありとしているが、このことはかかる争議行為は公労法違反という点で民事上は正当ならず違法であるが、しかし刑法上は刑事罰を加えるに足るべき高度の公序良俗違反なく、違法性に公序良俗違反の高度のものと低度のものとの段階を認め、犯罪として刑罰をもつて対抗するのは前者にかぎると解するものであつて失当であると主張する。
しかし、摩周丸判決が公労法第一七条に違反する行為につき民事上の免責規定の適用がないにもかかわらず、刑事上の免責規定の適用がある旨を判示したのは、所論のごとく違法性に公序良俗違反の高度のものと低度のものとの段階を認めたことによるのではないのであつて、争議権が歴史的沿革に基く基本的人権であることより、その行使の制限禁止は極めて慎重であることを要し、その制限禁止の規定に違反する行為の効果は成文法上明確を要するとする見地から、公労法第一七条違反の行為の効果が同法第一八条の解雇及び同法第三条により明文をもつて労組法第八条の民事免責の規定の適用を排除された結果としての民事責任にとどまり、公労法第三条が公共企業体等の職員につき労組法の適用があることを明示しながら、公労法第一七条に附随して同条違反の行為につき労組法第一条第二項の適用を排除する旨を明文をもつて規定していないから、同条による刑事免責の適用が認められる旨を判示したにすぎないのである。
C 所論は、行為の適法(違法性阻却)か違法かは、法益秤量の観点からその行為のもたらす利益がその行為の害する利益より大であるか小であるかにより決せられるところ、公務員は全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ職務の遂行に当つては全力を挙げてこれに専念しなければならない(国公法第九六条第一項、地公法第三十条)性質のものである以上、これらの公務員が自己の要求貫徹のために争議行為をおこなうごときことは法益秤量の見地からも許されないことであつて、このことは現業公務員についてはもちろん公務員的性格を有する公共企業体職員についても同様であるから、公共企業体の職員の争議行為は、かかる法益秤量の観点からも違法性阻却の理由がないと主張する。
しかし、公共企業体の企業の一般利用者保護のため、国家はこれに対してかなり広汎な統制権を保有するけれども、その企業経営の内容は一般私企業と実質的相違はなく、全く経済的企業として認められるべきものであつてその職員の労働も一般私企業と労働の実態を異にするわけではない。又なんら権力行使と関係のない現業公務員についても同様である。このことは国または地方公共団体の行政上の権力の行使を主たる任務とする多くの非現業公務員とその本質において著しく異なつている。さればこそ昭和二三年政令第二〇一号の制定及びそれにつぐ国公法の改正により国家公務員に対して労組法、労調法、労働基準法(以下労基法と略称)等の適用を除外し、その後制定された地公法も地方公務員につきほぼ同様に規定したけれども、国有鉄道と専売事業を含む公共企業体の職員については、これと別個に公労法をもつて通常の公務員とは別異の労働関係あるものとして規律することとし、さらにその後の公労法の改正によつて従来の国有鉄道と専売公社のほか、新設の日本電信電話公社の職員と、現業公務員のうちいわゆる五現業の職員についても公労法による労働関係として規律することとし、地公労法もまた地方公営企業について公労法に準じた取扱をすることにしたのである。かように一般公務員よりまず公共企業体職員を、ついで現業公務員を分離してその労働関係を一般公務員に適用されるとは別個の労働法規範に服させようとする立法の経過からみれば、現業公務員の労働関係を国公法、地公法に還元し、公共企業体の職員の労働関係をこれに準じて規律しようとする所論は、右の沿革に反するものであり根拠に乏しいといわなければならない。
(論旨第一の二の(ロ)について)
所論は、公共企業体等の職員の争議行為に関し罰則規定を設けなかつたのは、争議行為の規模、態様の如何により刑法第二三四条威力妨害罪の規定を適用することができるし、又いわゆる現業業務は国または地方公共団体の行政事務とは性格を異にする点にかんがみ、国公法、地公法と異なり実行行為の前段階に属する共謀、あおり、そそのかしのごとき行為は犯罪として処罰するまでもないとして、特に公労法に罰則規定を設けなかつたものであると主張する。
しかし、昭和二三年政令第二〇一号の制定施行以前において一般非現業公務員と異なり現業公務員が旧労組法第三条(昭和二〇年法律第五一号)にいわゆる労働者として団結権、団体交渉権、争議権を有していたことは旧労働関係調整法第三八条(昭和二一年法律第二五号)に徴し疑の余地なく日本国憲法第一五条第二項により公務員につき全体の奉仕者たる性格付けがなされたことによつて、現業公務員の労働基本権に変更があつたとみることはできない。従つて昭和二三年政令第二〇一号が現業公務員についてその争議行為を禁止したのは、現業公務員の争議権の行使として本来正当な争議行為につき、特別にこれを規制したにすぎないのであるから、その違反の効果は右政令が明文をもつて規定した同令第二条第二項の任命または雇用上の権利を主張できないこと及び同令第三条の処罰にとどまるものと、いわなければならない。右政令は昭和二三年一二月三日失効し、即日国公法の第一次改正により国家公務員は同法第九八条第五項によりあらためて争議行為を禁止されることとなつたが、その違反の効果として同法第九八条第六項は任命または雇用上の権利を主張できないことにつき前記政令と同旨の規定をもうけたが、罰則については争議行為を処罰した右政令と異なり、同法第一一〇条第一項第一七号により争議行為の遂行の共謀、そそのかし、あおり等の行為を処罰するにすぎないのである。ついで昭和二四年六月一日公労法の施行により、従来一般職の国家公務員であつた国鉄職員、塩、煙草等の専売職員は公共企業体職員とされ、争議行為については同法第一七条によりこれを禁止されたけれども、その違反の効果については同法第一八条において解雇を規定するにとどまり、争議行為に関する明文の処罰規定は全く存しないのである。その後新設された日本電信電話公社及び五現業の国家公務員についても、その労働関係については公労法により規律されることとなり、また地方公務員に関しても地公法、地公労法により国家公務員とほぼ同様の経過を辿つているのである。以上の沿革に徴すれば、一般非現業公務員と異なり公共企業体等の職員については、争議行為は本来正当なものであるにかかわらず、昭和二三年政令第二〇一号によつて禁止しかつこれを処罰することとしたけれども、経済的な企業の実質及び職員の労働の実態において私企業とかわりのない公共企業体等の職員につき、国及び地方公共団体の行政に従事する一般職公務員と同様にこれを禁止し処罰することの不合理性が認められ、その労働関係につき別個の法律をもつて規律することとしたものと解しなければならない。そして公共企業体等の職員の争議行為についての禁止は右職員の労働条件に関する苦情又は紛争の友好的平和的調整を考え、一般利用者保護のために特に政策的規定として公労法第一七条に規定されたものであつて、その違反の効果については同法第一八条により解雇されるにとどまるものとし、他方同法第三条による労組法第八条の適用除外によつて民事責任を負う場合があることとしたけれども、同法第一七条に附随して刑事免責規定の労組法第一条第二項の適用を排除することを規定していないことよりみれば同法第一七条違反の行為であつても労組法の適用があり右禁止規定がなければ正当とされる範囲内にとどまるかぎり刑事責任からは免責されることとしたものと解するのが相当である。従つて所論のように公労法第一七条は当然の規定であり公労法が公共企業体の職員の争議に関し罰則規定を設けなかつたのは、争議の規模、態様の如何により刑法上業務妨害罪の規定を適用することができるからであるとは解されない。かような沿革的理由からも、また公労法第三条が労組法第一条第二項の適用除外を明文をもつて規定していないことからも、公共企業体等の職員の争議行為については労組法第一条第二項の適用があるものと解する。
以上の次第で、公共企業体等の職員の公労法第一七条に違反する行為の処罰については、労組法第一条第二項の適用を考え、犯罪の構成要件に該当するとともに、争議の目的、時期、方法等の点につき労組法所定の正当性の限界を超えるものに限ると解するのが相当であり、これと解釈の結論を同じくする原判決には法令の解釈の誤りはなく、この見地に立つて量刑した原判決に不当の点はない。
検察官の控訴趣意第二(量刑不当)の(1)、(3)ないし(5)について。
所論は、原判決は前提となるべき法令の解釈適用を誤り、かつ事実を誤認し、ひいて被告人らの量刑に重大な影響を及ぼしているとして、次のように主張する。
(論旨第二の(1)について)
所論は、公共企業体の職員が勤務時間内に喰い込むがごとき職場集会を開く争議行為は、正当な組合活動とは認められないが、まして本件のごとく管理権者が船長の場合においては勤務時間の内外をとわず正当な組合活動たり得ないものと解すべきであつて、原判決は本件が船長のいわゆる船権に基く禁止に違反して船内において行われた強度の反公共性を帯びる行為であることを軽視し、誤つた法解釈と量刑をしていると主張する。
そこで、公共企業体の職員がその通常勤務する場所において行なう職場集会の適法性の限界につき、公労法第一七条との関連において考えるに、憲法が保障する労働基本権は公共企業体の職員についても認められるものであり、たんに公労法第一七条により一般利用者の保護のため政策的に争議権の行使が禁じられているのにすぎないのであるから、職場集会が勤務時間外において行われるかぎり公労法第一七条に違反することなく、従つてそれは企業施設内において行なわれるときは当然に使用者の施設管理権と抵触するけれども、使用者がたんに企業施設の所有権の一機能としての施設管理権をもつて、職員の職場集会を特段の理由なく、それが組合活動であることを理由として禁止することは原則として許されないと解する。もつとも管理権者は企業施設の維持保管の権限を有するとともにその職責をも有するのであるから、職場集会が施設の通常の用法と著しく異る使用方法によつて行われ、そのため施設の維持保管に支障を来たすおそれのある場合においては正当な組合活動としての職場集会であつても、管理権者は例外的にこれを禁止することができるものと解すべく、企業施設が船舶である場合には、船舶の特殊性からその管理権者である船長のなす職場集会の禁止が正当なものとして許容される場合が多く認められること勿論である。しかしながら公共企業体の職員の職場集会が勤務時間内において行なわれるときは、業務管理者の許諾ある場合、または従来慣行として認められている場合等特別の事情のないかぎり、業務の正常な運営を阻害する行為として公労法第一七条に違反する争議行為となるものと解する。けだし公労法第一七条にいわゆる業務の正常な運営を阻害する行為とは、具体的な業動運営阻害の結果の発生を必要とするものではなく、その危険性があれば足りるものと解すべきところ、勤務時間は職員がその間業務管理者の管理のもとにその指揮に従い労務に服すべきものとして定められるものであるから、その時間内において職場集会を行うことはとりもなおさず職員が業務管理者の管理を離れ、その指揮を拒否することにほかならず、かかる職場集会が業務運営の正常性を害する危険性があることは明らかであるからである。
原判決は、職場集会が若干勤務時間に喰い込んでも、業務の正常な運営が阻害されない場合のあることを認める点において当裁判所と見解を異にするけれども、その大綱において当裁判所と法令解釈の基本的立場を同じくすることは原判決を仔細に検討すれば明らかであり、しかも原判決は結局船長の禁止命令に違反した被告人等の所為を公労法第一七条に違反すると判断しているのであるから、この立場からした原判決の量刑が所論のごとく不当であるとすることはできない。論旨は理由がない。
(論旨第二の(3)ないし(5)について)
所論は、原判決は被告人両名の量刑の前提として「不乗便廃止問題については公共企業体等労働委員会札幌地方調停委員会のあつせんの結果、青函地方本部の当初からの主張のとおり国鉄本社と国鉄労組本部との団体交渉に移され、解決されたところからも窺われるように、青函局側の交渉中及び廃止を実施する態度には柔軟性に欠けるところがあつた」事実、及び「本件檜山丸が長時間の出港遅延を来したことについては、職場集会が終了する頃同集会を指導していた青函地方本部船舶支部委員長福田郁夫が、警察官が動員されたことを口実に右集会を抗議集会に切りかえたことなど、他の組合役員の行為にもその原因があつて被告人両名のみの責に帰しえない」事実を認定しているが、右は量刑の基礎となる事実の認定を誤つたもので被告人両名に対する科刑は軽きに失するものであると主張する。
しかしながら、原審記録及び原裁判所で取調べた証拠によれば前記各事実はこれを認めることができるのであつて、本件記録並に原裁判所及び当裁判所で取調べた証拠により認められる本件犯行の動機、態様、罪質、殊に本件の遠因が青函当局の労務管理の不手際から生じた不乗便制度の廃止をめぐる労使の対立であること等諸般の事情を綜合すれば、検察官の所論を考慮に容れても、被告人両名を各懲役二月に処し、その各刑の執行を一年間猶予した原判決の量刑は、いささかも軽きに失するものではない。論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第一点(事実誤認)について。
所論は、原判決は第二波職場集会においては、組合役員及び組合ピケットの乗船目的には、組合機関で決定された企画以上に連絡船の遅延及び船内に混乱を生ぜしめる目的があつたかのごとき認定をし、一切の責任を組合に帰せしめているが、組合側には殊更に出港を遅延させ船内に混乱を惹起する目的はなかつたし、当局側の不当な干渉のない場合はなんらの混乱を生じていないのであつて、原判決は当局側や警察官の行動との因果関係を全く無視し、証拠の評価を誤つたものであり、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであると主張する。
しかし、原判決は所論のごとく被告人両名が役員として機関決定に従い、有川桟橋に派遣され各船に乗船した事実を認定し、それから直ちに被告人両名が檜山丸を遅延せしめ、あるいは船内に混乱を生ぜしめる意図をもつていたと結論しているのではない。原判決はこれを仔細に検討すれば、被告人両名の乗船目的は役員として機関決定に従い、檜山丸における職場集会の指令点検、斗争の経過報告、激励、意見の集約及び被告人らに引続いて乗船することになつていた組合ピケットに対する船内における統制指揮等の任務を遂行するにあつたけれども、被告人らは現地派遣委員として青函地本の第二波斗争を指導し、(イ)昭和三四年八月一六日午後二時五五分出港予定の十勝丸、(ロ)同日午後七時四〇分出港予定の第十二青函丸、(ハ)同月一七日午後七時四〇分出港予定の檜山丸、(ニ)同月一八日午後七時四〇分出港予定の第十二青函丸において、当局側と組合員との間に発生した紛争と混乱のため、それぞれ各船とも出港が一二分ないし二五分遅延したことを諒知しており、さらに八月一九日午後七時四〇分出港予定の本件檜山丸については、約六〇〇名という多数の組合ピケ隊が動員され、他方青函局側も組合ピケ隊の乗船を阻止するため、船内通路やトリミングポンプ操作室等に施錠する等の措置を講じ、公安官を動員し、青函局側の要請により派遣された警察官は約二〇〇名に達し、組合側及び当局側の両者間は、檜山丸着岸前からすでに緊迫した関係にあつたことを認定し、被告人両名はこれを認識し、右のごとき状況のもとに青函地本の企画どおり被告人らの指導により檜山丸において職場集会が行なわれるときは、これを阻止せんとする当局側との間に紛争を生じ、同船の出港は遅延し、また被告人らの意図のごとく多数の組合ピケットが乗船すれば船内に混乱を生じ、その遅延はさらに増大すべきことを容認しながら乗船した事実を適法に認定しているものであつて、当審における事実取調の結果は右認定事実を左右するものではなく、原判決には所論のような事実の誤認は認められない。
つぎに、八月一九日午前九時五〇分出港の空知丸のごとく、当局や公安職員の介入のなかつた船においては、指令どおりの職場集会が行われたが定時に出港しておることは所論のとおりであるけれども、当局側の応援班及び公安職員の出動あるいは当局側の要請に基く警察官の派遣をもつて所論のごとく当局側の不当な干渉と速断することはできない。本来組合員の通常使用する場所における職場集会は、勤務時間外に開催されるかぎりにおいては、公共企業体の組合にあつても通常は適法な組合活動として容認されるべきものであるが、勢務時間内における職場集会は当然に業務の正常な運営を阻害する争議行為として、公労法第一七条に違反することはすでに述べたところである。青函地本の企画した第一波、第二波の闘争はいずれも貨物船にあつては乗務員の勤務時間内に喰い込む職場集会であり、しかも第二派闘争において決定指令した内容は、有川桟橋に着岸予定の貨物船については出港五分前までの勤務時間に喰い込む一時間の職場集会であり、原審証人大沢三、同藤永義夫、同求谷茂、同市村芳雄の各証言によれば、連絡船の出港準備作業は機関部にあつては出港前七〇分(但し一時間で交替)より、また甲板部にあつては出港前三〇分より当直乗務員が配置について開始されるところ、右指令どおりの職場集会が開かれる場合は、出港準備作業の大半を勤務しないことになり、また貨車積替作業に伴う船体の傾斜を調整するトリミングポンプの操作を担当する操舵係がその勤務を行わないときは、約四〇分を要する右貨車積替作業は不可能となり、連絡船の定時出港がが困難となることが予想されたのであるから、かように公労法第一七条に違反する争議行為に対し、連絡船の正常な運航業務を管理する青函局において、組合側の争議行為を阻止し連絡船の定時出港を確保すべく当局側の応援班及び公安職員を出動させ、あるいは極めて多数の組合側ピケ隊の動員に対抗して警察官の派遣を要請するのは、けだしやむを得ないものとしなければならない。また組合側の指令どおりの職場集会が行なわれても、当局側の介入さえなければ出港は遅延せず、業務の運営に支障はないとの主張はその確実な保障が組合側から与えられない限りこれを黙視すべしと当局側に要請することは公平を欠くものである。組合側と当局側とのもみ合いの事実は、常に当局側が鉄道公安職員を直接出動させて組合側に実力を行使した場合であること所論のとおりであるとしても、これをもつて当局側の不当な介入と速断することはできない。原判決がこれらの当局側の態度を十分考慮していることは、原判決を仔細にみればおのずから明らかなところである。結局原判決には事実誤認は認められない。
論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第二点の一(事実誤認及び法令適用の誤)について。
所論は、青函地本の企画した第二波職場集会は、国鉄の輸送業務の正常な運営を阻害するものではなく、職場集会は正当な組合活動であり、従来からの慣行どおり組合役員の乗船許容されるべきものであるのにかかわらず、青函局は専ら組合運動抑圧の手段として職場集会及び船内立入を禁止したもので、原判決が第二波職場集会の企画とそれに対する青函局の対策、意図を正しく評価せず、被告人両名の行為を公労法第一七条違反であると判断したのは、事実誤認の結果法令の解釈適用を誤つたものであると主張する。
しかしながら、青函地本の企画した第二波職場集会が乗務員の勤務時間内職場集会であり、かような勤務時間内の職場集会が公労法第一七条に違反することはすでに述べたとおりである。しかも前示のごとく第二派職場集会においては、これより連絡船の定時出港が危ぶまれた状況にあつたのであるから、青函局がこれを禁止し、また本件檜山丸において船長が組合役員、組合ピケツトの乗船を阻止するためにした船内の施錠及び舷門を開かなかつたこと並びに乗組員以外の者の乗船を禁止する旨の放送等の各措置は、いずれも権限に基く適法なものと認めるべく、これを無視し組合役員として職場集会の指令点検、指導等の目的で船内に立入つた被告人両名の行為もまた公労法第一七条に違反するものといわなければならない。原判決には所論のごとき事実誤認及び法令の解釈適用の誤りはない。論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第二点の二(事実誤認及び法令適用の誤)について。
一、所論は、原判決は公法法第一七条に違反する行為であつても、その効果は同法第一八条による解雇にとどまり、その違反が直ちに刑法上の違法性を導き出すものではなく、その処罰については公労法第三条に基く労組法第一条第二項の適用によつて、犯罪の構成要件に該当するとともに、争議の目的、時期、方法等の点において労組法処定の正当性の限界を超えるものに限られるべきであると判示しながら国鉄連絡船の乗組員の争議行為の正当性の範囲につき、一船私企業はもとより、国鉄陸上勤務者の場合に比較しても厳格に解すべきであるとして、その正当性を否定するけれどもその根拠はいずれも合理的理由を欠くものであり、被告人両名の行為は労組法第一条第二項の適用によつて正当とせられるものであると主張する。
二、青函地本の企画した第二波職場集会及びその指令点検、指導等の目的で船内に立入つた被告人両名の行為が公労法第一七条に違反することは既に述べたとおりである。しかし公労法第一七条に違反する争議行為であつても、その効果は同法第一八条による解雇にとどまり、その違反が直ちに刑法上の違法性を導き出すものではなく、その処罰については公労法第三条に基く労組法第一条第二項を考え労組法所定の正当性の限界を超えるものか否かを慎重に判断する必要があることもすでに述べたとおりである。ところで争議行為の正当性の標準については明文の規定を欠いているから、もつぱら具体的事例に則して社会通念により決定するのほかはない。よつて青函地本の企画した第二波職場集会及びその職場集会の指令点検、指導等のため船内に立入つた被告人両名の行為の正当性につき、目的及び手段、態様の双方から具体的に検討する。
(イ) まず目的の正当性につき判断するに、当審証人向井潔、同管谷忠治の各証言によれば、青函連絡船の勤務形態に関するいわゆる不乗便制度は、勤務指定についての管理運営事項であるとの当局側の見解に基き、昭和三四年八月四日以降組合側の反対のまま廃止されるに至つたことが認められ、他方当審証人小田新一、同治多次郎、同鈴木儀一の各証言によれば、不乗便制度の廃止は労働条件の変更にあたるとの組合側の見解に基き、団体交渉の妥結をまたずして一方的に廃止した当局側に反省を求めるため、本件職場集会が企画されるに至つたことが認められ、両者間に管理運営事項か労働条件かに関してするどく見解が対立していたことが明らかであるが、右証言により認められるように結局この不乗便廃止の問題は国鉄本社及び国労本部間の団体交渉に移され、昭和三五年三月一六日年間三日の特別調整休暇を設けることによつて、不乗便制度を廃止することに協定が成立し解決したことよりみれば、不乗便制度の廃止が本質的に管理運営事項か労働条件の変更にあたるかはともかくとして、組合側がこれを労働条件の変更に該当すると解して、これを一方的に廃止した青函局の措置に反対するため、抗議集会を開くことを企画した青函地本の争議行為の目的及びそのための被告人両名の行為の目的は、社会通念に照らし正当であると判断する。
(ロ) つぎに手段、態様の正当性につき判断するに、本件は停泊中の船舶内において行なわれた争議行為であることを考えなければならない。船舶は船長以下の乗組員が複雑な機械器具の完全な運転によつて海上航行という危険な業務に従事する職場であるから、一般の職場と異なり厳しい秩序に規制され、船体諸機械器具に対する十分な整備と安全確保が要求される特異性が存することは原判示のとおりである。本件において青函地本の企画した第二波職場集会が有川桟橋の貨物船において出航五分前までの一時間にわたる勤務時間内職場集会であつたこと、各職場間の交流と激励の意味で有川桟橋には一〇〇名の組合ピケツト要員を動員し職場集会に参加させること等であつたこと、右企画に基き遂行された各連絡船において原判示のごとき混乱が生じ、ことに八月一六日午後七時四〇分出港予定の第十二青函丸においては、船長が貨物積替作業の妨害を阻止するため、操舵掛に施錠させて作業をさせていたことに対し、組合ピケツト隊約四、五十名は同船長に施錠を解くよう迫つて、これを同船ブリツヂ階段踊り場にとりかこみ、公安委員によつて救出されるまで約一時間にわたり脱出できない状況にしたこと、これらの状況や、本件檜山丸に対しても六、七百名の組合ピケツトが動員される予定である旨の情報を告げられていた檜山丸船長永谷茂が、有川桟橋に着岸後多数の組合ピケツトが岸壁附近に集つているのを見て、これらの者が乗船して混乱を起し、場合によつては船内の機械器具に触れ、あるいは破壊して船体及び航行の安全を害するに至ることをおそれ、これを阻止するため同船長が乗務員以外の者の乗船を禁止したことは原判決が適法に認定するところであるが、右の状況のもとに永谷船長が乗組員以外の者の乗船を禁止したのは船長の船舶管理権の行使として極めて妥当なものであり、これをおかし通常使用を許さない貨車甲板及び舷側から異常な手段により乗船し、船舶内において部外者である組合ピケツト多数を含む勤務時間内職場集会を開くことは、公労法第一七条の規定にかかわらず通常の争議行為としても、その手段、態様の点において正当性の限界を超えるものとしなければならない。けだし船員法が船員に対し憲法所定の争議権を保障していることは所論のとおりであるけれども、その争議行為の正当性は前記のごとき船舶内における争議行為の特殊性に鑑み、通常の陸上勤務の職場における争議行為よりは、正当性の限界を判断するにつきより一層の厳格さを要するものであるからである。
三、原判決は国鉄連絡船の乗組員の争議行為の正当性の範囲は、一般私企業はもとより国鉄陸上勤務者の場合に比較しても厳格に解すべきであるとし、その根拠として前記の船舶内における争議行為の特殊性のほか、(1)公共企業体はその企業の性質において一般私企業と異り、国民全般の利害と緊密な関係を有することにより完全国有の公法人として組織され、その役職員は公務に従事するものとみなされるがごとき特殊性を有するものであること、(2)国鉄連絡船にあつては陸上列車の運行に制約され、定時の出入港が強く要請される特殊性があることを挙げているけれども、右の点に関する判断の当否については、原判決は既に船舶内における争議行為の特殊性から本件争議行為の手段、態様が労組法第一条第二項所定の正当性の限界を超えるものと判断している以上、原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。
弁護人の控許趣意第二点の三(事実誤認及び法令適用の誤)について。
所論は、(1)本件檜山丸における船長の施錠措置は、その地位を利用し、処分によつて威嚇して組合員の職場離脱を阻止し、業務命令に従い施錠して就労する以外に道がない状態において就労せしめたもので、労基法第五条の「暴行脅迫その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて労働者の意思に反して労働を強制したもの」に該当するところ、被告人らの乗船はかかる組合員の精神、肉体並びに団結権に対する急迫不正の侵害に対し、組合役員として船長に違法な措置の責任を追求し、組合員の精神及び身体の自由を回復するため、やむを得ずしてなされた正当防衛行為であり、(2)かりに就労が強制労働と認められないとしても、被告人両名がこれを強制労働と理解したのは、単なる法律上のあやまりということはできず、急迫不正の侵害事実に対する錯誤であるから、被告人両名の乗船は誤想防衛行為と認められるにかかわらず、原判決が被告人両名に対し正当防衛ないし誤想防衛の規定を適用しなかつたのは、事実を正当に認定しなかつた結果法令の適用を誤つたものであると主張する。
まず右(1)の所論につき判断するに、原判示のごとく、檜山丸船長永谷茂がボートデツキ及び機関室の通路出入口を各一ケ所を除き閉鎖施錠し、着岸後数分してトリミングポンプ操作室扉にも施錠させたことが明らかであるが、右措置はいずれも組合ピケツトが多数船内に侵入することに備え、船内に混乱を生じて業務を阻害され出港の遅延することを防止し、また船内諸機械器具の保全とひいて船体及び航行の安全を確保するため措られたものであつて、右機関室出入口の施錠については組合員である二等機関士に命じて行わせ、その際鍵は機関室の当直運転台において機関室乗務員が必要に応じ何時でも自由に出入できる状態にしてあつたこと、またトリミングポンプ操作室についても当直の操舵掛に鍵を渡し、同室内から同人の手によつて扉に施錠させ、これまた同人が欲すれば何時でも自由に退室できる状態にしてあつたことが認められるから、船長のかかる措置が組合の団結権に対する侵害行為ということはできないし、また労基法上おもい刑罰をもつて禁止された同法第五条にいわゆる労働強制に該当しないことは明らかである。また操舵掛佐々木幸雄の原審証言によれば、同人がトリミングポンプ操作室において作業するに際し、木村一等航海士が同室していたことは認められるけれども、同証言によれば佐々木操舵掛はその前日である八月一八日に檜山丸の操舵掛の部屋において被告人沢田より、貨物積み作業中施錠しないでほしい旨、あるいは組合の檜山丸分会長金子守一より迎えに行つたら開錠して職場集会に参加されたい旨予め説得をうけていたこと、トリミングポンプ操作室において作業中も、組合ピケツトが扉を強打して「あけてくれ」と呼んでいたことが認められ、佐々木操舵掛は必ずしも所論のように職場で孤立した状況にあつたわけではないから、同人が自由な判断により行動することが全く不可能であつたわけではない。以上のように急迫不正の侵害行為の認められない以上、被告人らの乗船行為が正当防衛に該当する論旨は、爾余の点を判断するまでもなく理由がない。
つぎに右(2)の所論につき判断するに、原判示のごとく、第二波闘争の第一日目の十勝丸以降多数の連絡船において、本件同様にトリミングポンプ操作室に内部から施錠されてあり、このことは被告人ら組合役員においても諒知していたにかかわらず組合役員において乗務員等に対しその実情を調査した事跡もなく、単に前示のごとく被告人ら組合役員が組合員たる操舵掛に対して作業中施錠しないよう説得したにすぎないものであることよりみれば、被告人両名は本件檜山丸における船長の施錠に関する措置の意図及び方法が前示のごときものであることについて認識していたものと推定すべく、右事実についての錯誤は認められないから、かりに被告人両名が右事実を強制労働に該当すると判断しても、それは法律上の評価のあやまりにすぎず、これに対する誤想防衛は成立の余地がないものとしなければならない。論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第二点の四(法令適用の誤)について。
所論は、労働条件の一方的変更を敢てしなから自らの非を願みず、組合の抗議には耳をかさず、専ら違法な労働の強制、警察権力による抑圧等の違法な行為を行つた当局の態度、檜山丸出港について当局のとつた措置、労働条件の一方的切下げ変更による既得権の侵害、強制労働等によつて受けた組合員の自由侵害、権力的抑圧による団結権侵害と、檜山丸の出港遅延による影響等とを比較して考えれば、本件における被告人両名の檜山丸乗船は、現行法秩序のもとにおいては社会的相当性を有する行為であつて、実質的違法性を阻却するにもかかわらず、原判決がかかる観点を考慮しなかつたのは、違法性に関する法令の解釈適用を誤つたものであると主張する。
しかしながら、前示のごとく不乗便制度の廃止が、本質的に勤務指定に関する管理運営事項に属するか、労働条件の変更に該当するかは解釈上徴妙な問題が存するから、これを労働条件に該当すると解してこれに反対するため、抗議集会を企画した争議行為の目的が社会通念に照らし必ずしも不当であると認められないけれども、これを管理運営事項と解釈した当局側の見解もその理由のあることであつて、これを廃止するにあたり組合の了解を得るため数度にわたる折衝の末、ついに一方的に廃止した青函局の態度が、所論のごとく不当なものであるとすることはできない。当局側に違法な労働の強制や権力的抑圧による団結権侵害の存しなかつたことはすでに判示したとおりであり、また出動した警察官の実力行使が所論のごとく績極的であつたと認めるに足る証拠もない。してみると被告人両名の乗船行為が実質的違法性を阻却するとの所論は、その余の点を判断するまでもなく採用しがたい。論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第三点(量刑不当)について。
所論は、原判決は被告人両名に不利益な量刑の事由とし、「被告人両名は公共企業体である国鉄の労働組合役員として明らかに公労法第一七条に違反する争議行為の企画に参画し、その指導の目的で本件犯行に出でたこと」及び「右犯行は被告人が当初認識し且つ容認したごとく、多数組合ピケツトの船内侵入とそれによつて生じた混乱の結果、本州と北海道を結ぶ重要な輸送路である連絡船檜山丸の出港を一時間二二分遅延せしめる端緒をなしたこと」を掲げているけれども、かりに被告人両名が公労法第一七条に違反する争議行為の企画に参加したとしても、その責任は同法第一八条の解雇にとどまることは、原判決が理由中でその見解を明らかにしたとおりであるにかかわらず、量刑において刑事責任加重の一事由としたことは不合理であり、また組合ピケツトの乗船と被告人両名の乗船とは直接関係はなく、しかも檜山丸遅延の最大の原因は組合ピケツトの乗船ではないのであるから、被告人らの刑事責任加重の根拠とならないものであつて、かような誤れる立場において量刑した原制決の科刑は重きに失するものであると主張する。
しかしながら、公労法第一七条違反の効果は同法第一八条の解雇にとどまり、これをもつて量刑の基礎資料とすることの許されないことは所論のとおりであるけれども、原制決は結局において被告人両名の本件犯行が公労法第一七条に違反するのみならず、刑法上も違法であることを判断し、その上で量刑したものであることが明らかであるから、結論において不合理な点はない。原審記録及び原裁判所で取調べた証拠によれば、被告人両名の犯行が檜山丸出港遅延の端緒となつた経緯に関する原判示事実は優に認められるところであり、当審における事実取調の結果は右認定事実を左右するものではないから、右事実を前提として量刑した原判決にはなんら不当の点はない。そして本件記録並びに原裁判所及び当裁判所で取調べた証拠により認められる本件犯行の動機、態様、罪質等諸般の事情を総合すれば、被告人両名が不乗便問題の団体交渉による平和的解決に最後まで努力した点等に関する所論を考慮に容れても、原判決の量刑は重きに失するものではない。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三九六条により検察官及び被告人両名の各控訴を棄却すべきものとし、当審における訴訟費用の負担につき同法第一八一条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
昭和三七年七月三日
札幌高等裁判所函館支部
裁判長裁判官 羽生田利朝
裁判官 船 田 三 雄
裁判官 浅 野 芳 朗